第4章
黒木碁石店の歴史編

黒木碁石店の使命

(1)ハマグリ碁石の価値を伝える

日向産ハマグリ碁石と共に100年以上の歴史を歩んできた黒木碁石店は、さまざまな困難がありながらも世界中の多くの方々に支えられて現在があります。これまで支えていただいた全ての皆さまには本当に感謝しかありません。心より感謝いたしております。

一方で2020年以降はコロナ禍により世界中のあらゆるモノやコトが変化のうねりに大きく揺さぶられ、価値観や行動の変化を余儀なくされました。需要の変化、職人の高齢化、技術伝承の難しさなど、他のエンターテイメントの台頭もあり、囲碁を取り巻く環境も大きく変化し棋具への関心や重要性が薄れ始めていると感じています。今は、世界中いつでもボタン一つでモノが買える時代ですが、近い将来ハマグリ碁石は誰もが購入できるものではなくなります。これまでほとんど語ってきませんでしたがこれは紛れもない事実です。その理由は先述の通り資源や職人、技術の希少性によるもので、ハマグリ碁石は毎年限られた数量しか世の中に供給できないものとなります。

100年以上の伝統を守り次世代へ継いでいくことはとても尊く、私たちもこの伝統や歴史を次世代に残していきたいと切に願っています。私たちは、ハマグリ碁石を心から愛しその価値を尊いものとして認めてくれる世界中の方々に向けてモノづくりを続ける決意をあらたに日々精進をしてまいります。

(2)黒木碁石店の歴史 〜日本の伝統工芸品を、世界に〜

(初代・黒木宗次郎)
黒木碁石店は、1917年に初代・黒木宗次郎(くろきそうじろう)が大阪の碁石職人に師事し、碁石作りを始めたことで歴史が幕を開けました。その後、二代目となる息子の一士(かずし)によって黒木碁石店の礎は築かれていきます。一士は高等小学校の卒業と同時に碁石作りを始め、父・宗次郎を支えるべく本格的な碁石職人の道へと進み、1966年には、6年にわたって研究をつづけたダイヤモンドドリルを用いた新しい「くり抜き工法」に成功しました。それまでは亀甲型に割った貝殻の縁を研磨することで徐々に丸みをつけて碁石の円形に仕上げていましたが、当時としては画期的な方法で現在のようなくり抜きが出来るようになったことで、格段に生産性が向上しました。その後、一士はその技術を同業他社にも公開し碁石業界の発展にも寄与しました。
Kazushi Kuroki
(2代目・黒木一士)
Hirotaka Kuroki
(3代目・黒木宏高)
くりぬき工法
(くり抜き工法)
1976年に法人化し、1980年には3代目代表の宏高(ひろたか)が榧碁盤の取り扱いを始めます。さらに、1999年にはECサイトで国内・海外への販売を開始しその後中国を中心として販売網を広げ、現在では日本に3社しかないハマグリ碁石の製造業者として世界中の囲碁愛好家の方々に日本の棋具を販売しています。
ブラックライトによるナンバリング碁石
(ブラックライトによるナンバリング碁石)
2010年頃からは自社ブランド「黒木碁石店」として独自の高い品質基準を設定した製品の販売を開始しました。これまでの旧態依然とした商慣習により、ハマグリ碁石メーカーが自社のブランドを前面に出した製品は存在していませんでしたが、2016年に四代目代表の健心(けんしん)が自社ブランドの生き残りをかけて再びリブランディングを図りました。ブラックライトを当てると碁石一粒一粒に当社の証が記されている「ナンバリング碁石」を当社全てのハマグリ碁石製品に採用し、品質保証や模倣品対策を強化したことで、長期的なお客様との信頼関係を築くことができるようになりました。現在、当社のお取引額の70%以上は海外のお客様です。この希少で素晴らしい日本の伝統工芸品や文化を世界に発信していく使命をこれからも果たしていきたいと考えています。
第5章 囲碁の歴史編
偉人たちの人生の羅針盤
囲碁ものがたり
白碁石編
奇跡のハマグリ碁石 - 日向産ハマグリ碁石 -
黒碁石編
至高の黒石 - 三重県熊野市産 那智黒石 -
黒木碁石店の歴史編
黒木碁石店の使命
囲碁の歴史編
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